素敵な大腿骨とスリスリな毎日

昨日、

とってもいい大腿骨ですね〜

と褒められました。

そして今日もまた、さとうさん本当に美しい足の骨ですよ〜と称賛されました。

いい大腿骨?

美しい骨?

今生において骨を褒められるとは思いもしませんでしたが(きっと過去生でも来世でも思ってない)、なんだかすごおぉく嬉しくて、

これは大声で自慢したい。

と思って、久しぶりのブログです。

そもそもどうして骨を褒められることになったかというと、実は3週間ほど前、うっかり転んで右膝のお皿を割ってしまってたのでした。。

転んだ詳細はあまりにもおバカさんなので控えますが(自業自得のやっちまった的なやつです、あ、昼間なので酔っ払いではないです)、救急車で運ばれた先の病院では全治3ヶ月、手術して2週間入院と言われました。でも手術もやだし入院なんてもっとやだしってことで、どちらもキャンセルして自宅で自然治癒療法することにしたのでした。

そして私が転ぶ4日前に骨折(足の小指)した友人(K子)が通ってる接骨院の先生を紹介してもらいそこに毎日通ってるのですが 、ここに来て、さて私のお皿は一体どんなふうに割れたんだろうと気になって(入院してから説明しますねと言われてたので、自分の割れ具合を知らないままでした)、当初運ばれた際に病院で撮ったレントゲンとMRIの画像データ(CDRに焼いてくれるんですね〜)をもらって来たのでした。

で、私の大腿骨がなかなかのものだとういうのが発覚したのは、その帰りに寄った接骨院でそのデータを先生達(先生は3人いる)と一緒に見た時のことだったのでした。

なんでしょう、、、

骨を褒められるって、こんなにも誇らしい気持ちになるんですねぇ。

今まで色々と褒められてきましたが(もちろん逆も然り)。

骨が良いってすごく嬉しい、、、

思わぬ称賛にかなり自己肯定感がアップしたのでした(ちなみに膝のお皿は見事に粉砕してました)。

ところで、ここの接骨院は電気治療とかはなく、全身を手でさする事で本人の自然治癒力アップさせていくという施術で、この3週間ほぼ毎日のようには全身さすってもらいに行ってます。

そして自分でも気がつくと膝やその周りをさすって過ごしてます。

どうやらこのやり方が合うからか、はたまた私の自然治癒力が高いのか(あるいはいい骨してるからなのか)、

私の膝のお皿さんはその先生も驚くほどのスピードでどんどん回復していってます。

その週末には杖なしでも家の中を歩けるようになり、その数日後には近くのスーパーに買い物にいけるようになり、今日は近距離なら車の運転ができるようになりました。

骨折してからというもの、人間の自己治癒力のすごさを日々感じながら生きてます。

そんな人生初の骨折生活の中から知った大きなことは、

人ってさす(られ)るととても気持ちが良くて、安心する(時には感謝の気持ちとかも湧いてきたりもする)。

ということでした。

しかも私がいつもお願いしている先生はと〜ってもさすり上手(?)で、効能の高〜い天然温泉に浸かってる状態に勝るとも劣らない気持ちの良さなんですが、何気に自分でさするっていうのもこれが中々良いんです。

体がホーーっってなる(脱力する)んですね。

騙されたと思って試しにさすってみて下さい。

できれば自分ヨシヨシって。

気持ち良いですよ。

で、昨日骨折して以来久しぶりにママが家に帰って来たんですが(しばらく施設でお泊まりしてもらってました)。

これだけ自分が気持ちがいいんだからママも気持ちいいに違いない、とママをスリスリさすってみたんですね。

そしたらもちろんママも気持ち良さそうにご機嫌な状態なんですが、さすってる私も気持ちが良いんです。

ママの隣に座ってただただ、スリスリスリスリスリスリスリスリスリスリスリスリスリスリスリスリスリスリスリスリスリスリスリスリスリスリスリスリスリスリスリスリスリスリスリスリスリスリスリスリスリスリスリスリスリスリスリスリスリスリ

ってしてると、だんだん頭がぼーっとしてきて、な〜んにも考えられなくなって、ああ、なんか気持ち良いなあ、、、、眠ってしまいそう、、、、

って、はっ!!

これはもしやなかなかの瞑想状態(思考ストップ状態)では、、、。

(ここ最近ママとの時間を持て余していたわたしは)そうかぁこうやってママと過ごせば良いんだねぇ、、と薄らいで行く意識の中で思ったのでした。

今ここママと一緒バージョン。

そしてそのあとフっと浮かんで来たのが、

「慌てない慌てない、ひと休みひと休み」

と、あの一休さんのフレーズ。

なるほどお〜〜

一休さん、そういう事だったんですねぇ。

そもそも転んだのも慌てたから(約束に遅刻しそうだったから)。

ママと気持ちよく居られるのは慌ててないから(私が慌てるとママは不安になって不穏になる)。

そもそも慌てさえしなければどこに居ても何をしてても、すべて気持ちが良くってありがたい事なんでは??

と、これは骨折してゆっくりしか動けなくなって、薄々感じてたりもしてたんですが、

焦る気持ちさえなければ、いつも通りにならないって事はそれほどというか全く辛い事じゃないんだなぁ(そもそもいつも通りって何?いつもってどんなの?)、と足を引きずりながら何度も思ってたのでした。

そしてその感覚は昨日のママとの時間でさらにしっかりと刻まれた感じです。

というわけで、

慌てずスリスリ。

しばらくはこれで行きたいと思います。

素敵な大腿骨(と割れたお皿)を想いながら。


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